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大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)797号 判決

控訴人

大原成一

右訴訟代理人

熊谷尚之

外二名

被控訴人

河西正男

外二名

右訴訟代理人

本渡諒一

主文

原判決を取消す。

被控訴人の本件訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、左記のとおりである。ただし、被控訴人の請求原因に関する主張は、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(控訴代理人の陳述)

一、本案前の主張

被控訴人と控訴人との間の本件請負契約については、「本契約に関し、当事者間に紛争を生じたときは、当事者は建設業法による建設工事紛争審査会の斡旋又は調停によつてその紛争を解決する。右の審査会が斡旋若しくは調停をしないものとし又は斡旋若しくは調停を打ち切つた場合において、その旨の通知を当事者が受けたときは、その紛争を建設業法による建設工事紛争審査会の仲裁に付し、その判断に服する。」との特約が付されている。

右は、いわゆる紛争処理に関する仲裁契約であるから、本件はまず右仲裁手続によつて解決されるべきである。

しかるに、被控訴人は、右手続を履践することなく、本訴請求に及んだものであるから、本件訴は不適法であり、却下されるべきである。

二、被控訴人の主張に対する反駁

(一)  被控訴人は、控訴人が原審における各口頭弁論期日に欠席したことを以つて、本案につき請求を認めたことになるから、前記のような妨訴抗弁もこれを放棄したことになる旨主張するけれども、それは民事訴訟法第一四〇条の解釈を誤つている。同条は、ただ口頭弁論期日に欠席の当事者について訴訟経済上の要請から自白を擬制するに過ぎないものであり、真実本案にについて自白したと同一の関係になることを是認するものではない。また、同条について、被控訴人主張のような失権効を認める考え方は見当らない。

(二)  被控訴人は、控訴人の主張を以つて時機に遅れた抗弁であるというが、それは当らない。本件は、原審において何ら実質的審理が行われていないのであり、控訴人が前記のような主張をしたからといつて当審の審理を遅滞に陥れるものではない。

(被控訴代理人の陳述)

一、被控訴人と控訴人との間の本件請負契約について控訴人主張のような特約が付されていた事実は認めるが、控訴人の本案前の主張は争う。

二、控訴人は、仲裁契約の存在を主張するけれども、右契約を前提として妨訴抗弁を主張する権利は既に放棄されている。

すなわち、本件訴は、原審大阪地方裁判所において昭和四八年二月三日を第一回の口頭弁論期日とし、第二回の同年三月二〇日口頭弁論期日に弁論終結となり、同年五月八日に判決言渡となつたものであるが、控訴人は右のいずれの期日にも出頭しなかつた。

控訴人が右のように口頭弁論期日に出頭しなかつたということは、控訴人が被控訴人の本訴における請求を争うことなく全面的に認めたということになる。

したがつて、控訴人は、その主張の前記妨訴抗弁を既に放棄したものというべきであり、右主張の失当であることは明らかである。

三、仮に、被控訴人の右主張が理由がないとしても、控訴人が当審において前記のような妨訴抗弁の主張をすることは、既に時機に遅れたものとして許されるべきではない。(証拠関係)〈省略〉

理由

一控訴人は、本案前の抗弁として、被控訴人と控訴人との間の本件請負契約については、契約上の紛争処理に関する特約として、仲裁条項が付されていた旨主張するので、まずこの点について検討する。

被控訴人と控訴人との間の本件請負契約について、控訴人主張のとおり、「本契約に関し、当事者間に紛争を生じたときは、当事者は建設業法による建設工事紛争審査会の斡旋又は調停によつてその紛争を解決する。右の審査会が斡旋若しくは調停をしないものとし又は斡旋若しくは調停を打ち切つた場合において、その旨の通知を当事者が受けたときは、その紛争を建設業法による建設工事紛争審査会の仲裁に付し、その判断に服する。」との特約が付されていたことは、当事者間に争いがない。(なお、〈証拠〉によると、被控訴人と控訴人との間に作成された本件建設工事請負契約書の第二〇条に、契約に関する紛争の解決と題して、右条項が規定されていることが認められる。)

そして、建設業法第二五条によると、建設工事の請負契約に関する紛争の解決を図るため、各都道府県に建設工事紛争審査会が設けられており、右各審査会は、同法の規定により、建設工事の請負契約に関する紛争について斡旋、調停及び仲裁を行う権限を有すること、また同法第二五条の一六によれば、各審査会が行う仲裁については、審査会の仲裁委員は仲裁人とみなされ、その手続には民事訴訟法第八編の仲裁手続の規定が適用されることが明らかである。

そこで、前記特約の文言、内容を考察すると、右特約の趣旨は、契約上の紛争に関する仲裁条項であることが明らかである。したがつて、本件請負契約に関する紛争については、被控訴人と控訴人との間に仲裁契約が存在するものといわねばならない。

二ところで、被控訴人は、控訴人は妨訴抗弁として前記仲裁契約の存在を主張する権利を既に放棄したから、当審において右主張をすることは許されない旨主張するので判断する。

およそ仲裁契約の存在は、当事者の訴権を失わせるものとして、消極的訴訟要件をなすものではあるが、職権調査事項ではなく、当事者(専ら被告側)の主張をまつて斟酌、判断すべきもので、いわゆる抗弁事項であるから、仲裁契約の存在に関する抗弁権を放棄することができるものと解すべきであり、当事者が仲裁契約の存在することを知りながら本案について弁論し、その他訴訟活動における客観的状況からみて右抗弁権を主張する意思を有しないものと推認できる事情が存する場合には、当該当事者は、仲裁契約の存在を主張する権利を放棄したものと認めるのが相当である。

ところで、本件においては、控訴人が被控訴人主張のように原審大阪地方裁判所における本件各口頭弁論期日に出頭しないばかりか、答弁書その他準備書面も提出せず、その結果民事訴訟法第一四〇条第三項、第一項を適用されて、いわゆる欠席判決の言渡を受けたものであることは、本件記録に徴し明らかである。

しかしながら、同法第一四〇条の適用の結果は、被控訴人の主張事実について単に控訴人の自白を擬制するに過ぎないのであり、控訴人が本案について真実弁論をしたと同一の関係に立つことになるものではなく、また、右のような口頭弁論期日に欠席の事実を以つて、控訴人が前記仲裁契約の存在を知りながら、これを主張しない意思を表明したものと受け取ることもできない。

したがつて、控訴人が前記仲裁契約の存在に関する抗弁権を放棄したものとは認め難く、被控訴人の前記主張は採用できない。

三さらに被控訴人は、控訴人の前記妨訴抗弁は時機に遅れて提出した防禦方法である旨主張する。

しかし、本件においては、前叙のように控訴人が原審における口頭弁論期日に欠席したため、何ら実質的審理が行われなかつたものであるが、控訴人が右弁論期日に欠席したことについて故意又は重大な過失があつたと認めるに足る資料はなく、その他原審及び当審における審理の経過に徴すると、控訴人の前記主張が時機に遅れたもので、これがため訴訟の完結を遅延させるべきものとは認め難い。

したがつて、被控訴人の右主張も採用できない。

四以上のとおりとすれば、被控訴人の本件訴は、訴権を欠くものであつて、不適法であるから、却下を免れない。

よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条によりこれを取消し、本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(浮田茂男 中島誠二 諸富吉嗣)

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